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秋田地方裁判所 昭和62年(行ウ)4号 判決

原告 菅原芳昭 ほか三名

被告 秋田北税務署長

代理人 今泉秀和 高橋準司 佐藤卓爾 福田庄一 草薙秀雄 渡部豊 ほか三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告がなした別表一<略>記載の各更正処分の内、別表二<略>申告額欄記載の各総所得金額及び納付すべき税額を超える部分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一1  原告ら(ただし、原告郷津公子についてはその被承継人である亡郷津恒夫)はいずれも、いわゆる八郎潟干拓事業により建設された大潟村に入植した農民で、国から、同事業により造成された農地の配分を受け、毎年、後述する2記載の負担金及び賦課金(以下、「本件負担金」、「本件賦課金」といい、両者を併せて「本件負担金等」という。)を納付しているものである。

2(一)  八郎潟干拓事業は、国と八郎潟新農村建設事業団により(以下それぞれがなした事業を「国営事業」、「事業団事業」という。)、第一工区と第二工区に分けて各種の工事等が施行された。

(二)  本件負担金は、第一工区及び第二工区のそれぞれにつき国営事業に要した費用に充てるものとして、干拓により生じた土地の所有権を取得した者に対して賦課されるものであり、その支払方法は、各工区とも支払期間二五年、据置期間三年、年利六パーセント、元利均等年賦償還方式である。

(三)  本件賦課金は、第一工区及び第二工区のそれぞれにつき事業団事業のうち土地の整備に要した費用に充てるものとして、その土地の整備により利益を受ける土地の取得者からその受けた利益を限度として徴収されるものであり、その支払方法は、各工区とも支払期間二五年、据置期間三年、年利六・四八(第一工区)及び六・五(第二工区)パーセント、元利均等年賦償還方式である。

3  原告らは、毎年、本件負担金等を支払っていたが、昭和五七年度及び昭和五八年度分の所得につき、国税庁長官通達「土地改良事業のために支出する受益者負担金に対する所得税の取扱いについて」(昭和四三年一月三〇日、直所四―一、直審所六、以下「土地改良通達」という。)が本件負担金等についても適用されるとして、土地改良通達の四により計算された額を必要経費とした上で、別表三<略>のとおりそれぞれ確定・修正申告した。これに対し、被告は、本件負担金等について土地改良通達の適用はないとした上で、本件負担金等の年賦償還に伴う利息の額を必要経費とし、更に事業団事業の賦課金元金のうち、圃場工事以外の費用部分に対する賦課金を繰延資産金額として取扱い、その年割償却費を各係争年度分の必要経費としたが、その余については必要経費と認めず、原告らの農業所得に加算して、別表三<略>のとおり各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をした。

被告が認定した原告らの昭和五七年度若しくは昭和五八年度(以下「本件係争年分」という。)の農業所得の明細は、別表四のとおりである。

別表四の各〈2〉は、原告らが土地改良通達の適用ありとして必要経費に算入した本件負担金等の金額である。同表の各〈4〉(亡郷津恒夫については〈5〉)は、本件負担金等の年賦償還に伴う利息である。同表の各〈5〉(亡郷津恒夫については〈6〉)は、事業団事業の賦課金元金(賦課金のうち年賦償還に伴う利息部分を除いた金額)のうち、圃場工事以外の工事(暗渠工、客土工、小排水路工、小用水路工、農道工等)費用部分の繰延資産金額として扱い、その年割償却費である。なお、亡郷津恒夫の〈3〉は、本件負担金等の償還に伴う利息であるが、同人が本件係争年分以外の利息を経費として計上していたため、同人の計算額を農業所得金額に一旦全額加算し、本件係争年分の利息相当額である〈5〉を、同人の農業所得金額から減算したものである。

4  原告らは本件各更正処分に対し不服申立をしたが、その内容と経緯は別表三<略>記載のとおりである。

原告は、本訴において、〈1〉本件負担金元金のうち、用地及び補償費以外の費用部分、すなわち公共的施設の設置等に要した費用部分についての負担金(以下、「原告主張負担金」という。)は繰延資産として必要経費になる、〈2〉本件負担金等についても土地改良通達の適用があると主張している。

これに対し、被告は、〈1〉本件負担金等の元金は、本来的にはその全額が農地の取得価額に算入されるべきものであるから、(本件賦課金の元金のうち、その一部を繰延資産として扱い、必要経費に算入したのは特別事情に基づく例外的な扱いである。)原告主張負担金は必要経費にはならない、〈2〉本件負担金等に土地改良通達の適用はないとして、本件各更正処分は適法であると主張している。

二  争点

1  原告主張負担金は、農地の取得価額に算入されるべきものか、それとも繰延資産として必要経費とすべきものか。

2  本件負担金等に土地改良通達の適用があるか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  原告らが配分を受けた農地の取得価額について

(一) 原告らが国から配分を受けた農地は、自ら農業の用に供する資産であることは明らかであるから、所得税法二条一項一八号、一九号によれば、「固定資産」であり、しかも非減価償却資産に該当する。このような資産の取得価額に算入されるべき支出は、所得金額の計算上必要経費不算入とされ、将来当該資産を譲渡したとき、その取得価額が譲渡所得の総収入から控除されるというのが税法上の原則である。

ところで、減価償却資産の取得価額の範囲については所得税法施行令一二六条がこれを定めているが、非減価償却資産(土地等)の取得価額については、特に所得税法上明文の規定はない。しかしながら、減価償却資産についてのみ特に規定を設けた趣旨は、減価償却資産の取得価額の決定は減価償却費を決定する上で重要な意味を持つことから、その取得価額の範囲を確定的に明らかにする必要があったからにすぎず、一般に公正妥当な会計処理の基準を要約したものと認められる企業会計原則でも同様な処理がなされていることを考えれば、非減価償却資産の取得価額の範囲についても所得税法施行令一二六条を準用すべきものと考える。

(二) 同条によれば、固定資産としての土地の取得価額はそれが購入されたものであれば、「当該資産の購入の代価」と「当該資産を業務の用に供するために直接要した費用の額」の合計額となるが、具体的にいかなる費用が「当該資産の購入の代価」若しくは「当該資産の業務の用に供するために直接要した費用の額」とされているかにつきみてみると、<証拠略>によれば、所得税法基本通達(以下「所基通達」という。)及び法人税法基本通達(以下「法基通達」という。)は以下のとおり規定している。

(1) 土地の取得に際し、当該土地を使用していた者に支払う立退料、その他その者を立退かせるために要した費用(所基通達三八―一一)

(2) 建物等の存在する土地をその建物と共に取得した場合において、その取得が当初からその建物を取壊して土地を利用する目的が明らかであると認められる場合の当該建物の取壊しに要した費用(所基通達三八―一)

(3) 取得に関し争いのある資産につき、その所有権等を確保するために直接要した訴訟費用、和解費用(所基通達三八―二)

(4) 地方公共団体等の工場誘致等により土地等を取得したことに伴い支出した寄付金、負担金で実質的にその資産の代価を構成すると認められるもの(法基通達七―三―三)

(5) 固定資産として使用する土地等の造成許可を受けるために、地方公共団体に対してその宅地開発等に関連して行われる公共的施設の設置又は改良の費用に充てるものとして支出する負担金等で、団地内の道路、公園又は緑地、公道との取付け道路、雨水調整池、流下水路などのように、直接土地の効用を形成すると認められるもの(法基通達七―三―一一の二)

等は、取得価額に算入するとされている。また、

(6) 団地内の道路、公園又は緑地、公道との取付道路、水道、排水路、雨水の調整池、街灯、汚水処理施設等の施設(その敷地に係る土地を含む)などについては、たとえその者が将来にわたってこれらの施設を所有しようが公共団体に帰属させようが、これらの施設の取得に要した費用の額を工事原価の額に算入すると定められている(所基通達三六・三七共―七)。

(7) 他方、固定資産として使用する土地等の造成許可を受けるために、地方公共団体に対してその宅地開発等に関連して行われる公共的施設の設置又は改良の費用に充てるものとして支出する負担金等で、上水道、下水道、工業用水道、汚水処理場、団地近辺の道路(取付道路を除く。)等のように土地等の効用を超えて独立した効用を形成すると認められる施設で当該法人の便益に直接寄与すると認められるものに係るものは、その施設の性質に応じて減価償却資産の取得価額又は繰延資産とされ、団地の周辺又は後背地の設置される緩衝緑地、文教福祉施設、環境衛生施設、消防施設等のように主として団地外の住民の便益に寄与すると認められる公共的施設に係るものは繰延資産とされている(法基通達七―三―一一の二)

右通達からもわかるように、「当該資産の購入の代価」とは、単に形式的な購入価額ではなく、実質的に当該資産の代価を構成すべきものと認められるものを意味していると解される。そして、法形式的には譲渡という形がとられていなくとも、資産を取得したことに伴い課せられる負担金があり、その負担金が実質的には取得した資産の代価と認められる限り、税法上その負担金は「取得価額」として扱うべきである。なぜなら、購入されたときと同様、負担金の支払いにより、それに見合う財産的価値を有する資産を取得し、保有しているのであるから、単なる法形式の違いにより、必要経費算入・不算入の点につき異なる扱いをするのは公平とはいえないからである。

また、所有権を取得することがない公共的施設に対する負担であっても、すべてが減価償却資産ないし繰延資産となるのではなく、その施設の性質に応じて、すなわち、直接その土地の効用を形成すると認められる施設の取得に要した費用については取得価額に算入される。これは、未開発の土地はこれらの施設が整備され、はじめて土地としての一般的効用を具備することになるのであるから、このような種類の費用はいわば土地を土地としての事業の用に供するために必要不可欠の費用であり、その性質上、土地の取得価額に算入することが相当であるとする考え方に基づくものであると考えられる。

2  本件負担金等元金の性格

(一) 八郎潟干拓事業と本件負担金等の概要

当事者間に争いのない事実、<証拠略>によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 八郎潟干拓事業は、湖を干陸し、大規模農場を建設する目的で計画、実施された事業であり、漁業補償を行った上、国営事業として昭和三二年に着工され、干拓のための堤防工、幹線となる排水路工、用水路工及び道路工事等の基幹的な工事が施工され、昭和四一年五月、中央干拓地が干陸した。これより先の昭和四〇年八月、八郎潟新農村建設事業団が設立され、国営事業により干陸した土地について、事業団事業として農地、宅地その他の用に供する土地の整備、農業用共同施設及び農業住宅の造成等各種の工事等が施工された。農地の整備としては、圃場工、暗渠工、客土工、小排水路工、小用水路工、農道工及び防災林工が施工されて、国営事業及び事業団事業とともに第一工区は昭和四八年三月三一日、第二工区については昭和五二年三月三一日に完了し、原告らは、土地改良法九四条の八第五項により、各工区内の土地につき右各完了日にそれぞれ所有権を取得した。

(2) 国営事業の負担金の額は、秋田県知事から大潟土地改良区理事長に、第一工区については昭和四八年一一月一三日に、第二工区については昭和五二年七月二五日に、それぞれ通知され、負担金の総額が確定したが、負担金元金は、土地改良法九〇条一項、三項の規定により、国の行った干拓事業に要した費用に充てるものとして、干拓により生じた土地の所有権を取得した者に対して賦課されるものであり、その内容は国が行った干拓のために要した費用及び国が借り入れた借入金の支払利息の合計額について土地改良法施工令附則三項二号、四項の規定により計算されたものである。

原告らの負担金の額の支払方法は、各工区とも支払期間二五年、据置期間三年、年利六パーセント、元利均等年賦償還方式である。

(3) 事業団事業の賦課金の額は、事業団理事長から大潟土地改良区理事長に、第一工区については昭和四八年一一月一二日に、第二工区については昭和五二年七月二五日に、それぞれ通知され、賦課金の総額が確定したが、賦課金元金は、事業団が行った土地の整備に要した費用の全部又は一部に充てるものとして、八郎潟新農村建設事業団法二三条一項及び二項の規定により、その土地の整備により利益を受ける土地の取得者からその受けた利益を限度として徴収されるものであり、その内容は各工区毎に事業団が行った事業費のうち、土地の整備のために要した費用(工事費に経費及び一般管理費を加え、補助金を控除したもの)及び事業団が借り入れた借入金の支払利息のうち農林大臣の定めるところにより計算した額の合計額を面積按分し、事業団法施行令四条、事業団の内部規定である賦課金及び譲り渡しの対価の基準となる額の計算要領によって算出されたものである。

原告らの賦課金の額の支払方法は、各工区とも支払期間二五年、据置期間三年、年利六・四八(第一工区)及び六・五(第二工区)パーセント、元利均等年賦償還方式である。

(二) 右のとおり、本件負担金等元金は、国営事業費(排水路工、用水路工、道路工等)及び事業団事業のうち農地の整備費(圃場工、小排水路工、小用水路工、暗渠工等)の一部に充てるために賦課されているものであるが、これらの事業は農地を造成し、農地としての効用を果たせるための必要不可欠な事業であり、これらの事業によって設置、建設された公共的施設により干拓が実現され、かつ干拓後は入植者において各自の干拓地を維持し、利用することが可能となっているのであるから、右公共的施設のすべてが、直接その土地の効用を形成すると認められる施設であるということができる。

ただし、例えば幹線道路は、入植者だけではなく、一般人も利用することが当然予定されているものであり、それ自体独立の効用を有するものであることは否定できず、先の所基通達及び法基通達からして、少なくともこのような施設の事業費に対する負担は、繰延資産に該当するのではないかとも一応考えられるが、そもそも本件負担金等元金は実質的には、農地の対価とみるべきものである。

すなわち、<証拠略>によれば、本件負担金元金の総額は、第一工区は九一億四〇三〇万七八一〇円、第二工区は九四億七〇七九万二一三七円で、これは、負担対象事業費(第一工区は、二四三億七七三一万七六二八円、第二工区は、二六三億三七九四万八二二九円)の、それぞれ約三七・五パーセント、三六パーセントにあたる。本件賦課金総額は、第一工区で三七億六九六〇万一四九九円(増反圃場分を除く。)、第二工区で五三億二六一万九四二八円である。そして、一〇アール当たりの本件負担金等元金を計算すると二〇万二四九四円(第一次入植者)若しくは二二万三三八一円(第二次ないし四次入植者)となる。他方、昭和四八年度における自作地一〇アール当たりの売買価格の秋田県平均は、上田で五六万一〇〇〇円、中田で四四万二〇〇〇円であること、また、昭和四八年に第一工区内の農用地が秋田県立農業短期大学の農場用地として秋田県に譲渡されているが、その譲渡価額は一〇アール当たり二八万八〇〇〇円であったことなどの事実が認められる。

右事実からして、原告らは、本件負担金等の支払いによりその支払い合計額に見合うか又はそれ以上の財産的価値を有する当該農用地を取得したということができる。そして、その財産的価値は、国営事業と事業団事業によって生み出されたものである。法形式上は、原告らは農地を原始取得したもので、譲渡という形はとられていないものの、本件負担金等元金は、その実質は配分を受けた農地の対価と考えるのが妥当であり、本件負担金等元金は、公共的施設の対価になっているものではなく、本件負担金等元金の金額を算定するための計算根拠に公共的施設に要した費用が含まれているにすぎないものといえる。

3  また、<証拠略>によれば、大潟村の入植農家が、入植前に所有していた農用地を譲渡して入植した場合における当該農用地の譲渡所得の計算に当たっては、本件負担金等元金相当額を買換資産たる大潟村の配分予定農用地の取得金額とし、当該譲渡金額が配分予定農地の取得価額を超えない限りにおいて、当該譲渡に対する譲渡年分の課税が行われないことになった事実が認められるが、本件負担金元金のうち原告主張負担金を繰延資産であるとすると、当該譲渡所得の繰延べがなされたにもかかわらず、本件負担金元金のほとんどが、農業所得金額の計算上必要経費として扱われるという極めて不合理な結果を招来することとなり、課税の公平を著しく欠くことになる。

4  原告らは、所得税法施行令七条に繰延資産として「自己が利益を受ける公共的施設の設置、又は改良のために支出する費用」と規定されていること及び所基通達二―二四に公共的施設の設置又は改良のために支出する費用、その費用の一部の負担金が繰延費用とされていることを理由に、本件負担金元金のうち、原告主張負担金は繰延資産に該当すると主張しているが、同法施行令七条は、資産の取得に要した金額とされるべき費用は除くと規定していることからもわかるように、公共的施設の設置のための費用の負担金ということから直ちに繰延資産に該当するものではない。のみならず、前述したとおり、本件負担金等は実質的には農地の対価であり、公共的施設に直接向けられた負担金ということはできないから、原告らの主張は採用することができない。

また、原告らは、被告は、本件賦課金元金のうち、圃場工以外の費用部分(暗渠工、客土工、小排水路工、小用水路工、農道工等)を繰延資産の金額として取り扱っている以上、右各工事に対応し、しかも右施設よりも公共性の強い工事の費用部分に対するものである原告主張負担金も繰延資産とすべきであると主張しているが、<証拠略>によれば、本来は、本件負担金等元金は、農地の取得価額に算入されるべきものであるが、八郎潟干拓事業の特殊性から例外的に右費用を繰延資産の金額として取り扱ったにすぎないものと認められるから、原告らの右主張も採用することができない。

更に、原告らは、八郎潟干拓事業と同種の事業である新潟県豊栄市の国営福島潟干拓事業の負担金は全て経費として処理されており、同じ干拓事業でありながら、異なる取扱いをするのは、租税公平主義、ひいては憲法一四条一項の不平等取扱禁止の原則に違反するものであると主張している。しかしながら、<証拠略>によれば、豊栄市では、住民課税における取扱いにつき、福島潟干拓事業の負担金元金部分は必要経費に算入されていない事実が認められる。また、<証拠略>によれば、豊浦町では、昭和六二年度分の住民課税において、福島潟干拓事業の負担金元金部分についても必要経費に算入した事実が認められるものの、<証拠略>によれば、本来は福島潟干拓事業の負担金元金部分は必要経費不算入にすべきところを誤って処理したとして、現在その是正を検討している事実が認められ、本件負担金等と福島潟干拓事業の負担金の間にその取扱いに著しい差異は認められない。なお、<証拠略>によれば、福島潟土地改良費に含まれている〈1〉阿賀排水関連事業償還金七三五円、〈2〉新井郷川排水機場負担金五三円、〈3〉新井郷川施設整備事業負担金一九円等については経費と認められており、これらは福島潟地区内の農業水利(排水など)に関連するものであるが、同証拠によれば、これらの事業は福島潟干拓事業とは別途に実施され、福島潟干拓事業の着手以前から着手され、干拓事業の完成前に完成した事業であって、しかもその負担金等は極めて小額であることを考えれば、仮に右事業に対応する事業が八郎潟干拓事業でなされているとしても、公平の原則違反を招来するような差異とは認め難いと言わざるを得ない。

5  以上の理由により、原告主張負担金も含めた本件負担金元金は、実質的には農地の対価であって、その全額が農地の取得価額に算入されるべきものと解するのが相当であり、原告主張負担金も必要経費となるものではない。

二  争点2について

1  土地改良通達の趣旨

土地改良通達は、その表題のとおり、土地改良事業のために支出する受益者負担金に対する所得税の取扱いについて定めたものであり、その一は受益者必要経費算入の通則で必要経費の範囲を明らかにし、二は永久資産取得費の範囲で永久資産の定義付けをし、三は繰延資産の償却額の必要経費算入方法を定め、四は賦課金の必要経費算入額の区分計算の省略を定めたもので、一定の要件を満たせば、永久資産取得費と繰延資産取得費等とを区分計算せず必要経費に全額算入してよいと規定されている。

土地改良通達は、農業経営者が支出する受益者負担金は、農用地の整備・造成費用・水路・溜池の掘さく費用・公道・農道の盛土(整地費用)・畦畔の築造費及びこれらの工事の測量費等各種の費用に相当する部分が混在しており、受益者負担金のうちいかなる費用に該当する部分の金額が繰延資産や改良費に属する部分の金額に該当するかの判断は非常に複雑であり、各々の農業経営者に判断を委ねたのでは取扱いが区々となるおそれがあるため、統一的な処理のため設けられたものである。そして、一般的に行われている土地改良事業の場合、永久資産たる土地の取得費に対応する部分、繰延資産に対応する部分及び毎年の維持管理費に相当する部分とが混在しているのが通常であるが、土地の取得費に対応する部分は比較的少額であること、農家の場合、一般的に記帳慣行が乏しく煩雑な区分計算を求めることは困難であること等の事情を勘案し、かつ行政上の少額不追及の観点から許容される範囲内で取扱いの簡素化を図る趣旨で、区分計算の省略を認めたものと考えられる。

2  原告らは、八郎潟干拓事業も土地改良事業の一つであり、土地改良通達はすべての土地改良事業に適用があることなどを理由に、本件負担金等についても、土地改良通達の適用がある旨主張しているが、八郎潟干拓事業が土地改良事業の一つであるとしても、以下に述べる理由により、本件負担金等には土地改良通達の適用はないものと考える。

(一) 前除したとおり、土地改良通達は、永久資産の取得費、繰延資産等に区別することが困難であるところから、その統一的処理を図るために、同通達の四は、区分計算の困難性、永久資産の取得費は比較的少額であることなどを考慮して区分計算の簡素化を図るために設けられたものであるところ、争点1で述べたとおり、本件負担金等元金は、本来は農地の取得費に全額算入されるべきものであるから、区分の困難性、区分計算の困難性という事情はなく、またその額も多額であって、土地改良通達を適用する前提を欠いている。

原告らは、本件負担金等についても区分の困難性等の事情があると主張しているが、それは、本件負担金等は取得費と繰延資産に区別されるとの立場からの立論であって、右のように解し得ないこと、既に述べたとおりである。

(二) また、原告らは、土地改良通達の二の「永久資産の取得費」を永久資産の取得費一般を意味していると解して、土地改良通達の適用があると主張しているが、そのように解することはできない。すなわち、土地改良通達の二(永久資産の取得の範囲)は、「必要経費に算入しない永久資産の取得費対応部分の金額は、土地改良事業の工事費のうち、土地改良施設の敷地等の土地の取得費及び農用地(畦畔を含む。)の整地・造成に要した部分の金額とする。」と定めている。右通達における「土地の取得費」とは、「土地改良事業の工事費のうち」とあること及び「土地改良施設の敷地等」と例示されていることからして、あくまでも土地改良の事業主体が土地改良事業の一環としてなした土地改良施設(土地改良法二条二項一号にいう農業用施設、農業用道路その他農業用地の保全又は利用上必要な施設)の敷地等の「土地の取得費」を意味しているものと解される。そして、右のような「永久資産の取得費」も本来必要経費には算入されないものであるが、土地改良通達の四により区分計算の省略が認められることになる。結局、土地改良通達の四により、区分計算の省略が認められる永久資産の取得費は、土地改良事業のうちの、右のような意味での「永久資産の取得費」のみであり、永久資産取得費一般について区分計算の省略を認めたものではなく、同通達の二の文理解釈からして、農用地の取得費については、同通達の二の「永久資産の取得費」に含めることはできないものと言わざるを得ない。

(三) 更に、本件負担金等につき土地改良通達の適用があるとすると、以下のとおり税法実体上大きな矛盾が生じてしまう。

すなわち、まず、一の3で述べたとおり、大潟村の入植農家が、入植前に所有していた農用地を譲渡して入植した場合における当該農用地の譲渡所得の計算に当たっては、本件負担金等元金相当額を買換資産たる大潟村の配分予定農用地の取得金額とし、当該譲渡金額が配分予定農地の取得価額を超えない限りにおいて、当該譲渡に対する譲渡年分の課税が行われないことになったが、本件負担金等元金に土地改良通達の適用があるとすると、本件負担金等元金の全額若しくはその大部分が農業所得金額の計算上必要経費に算入されることになり、当該譲渡所得の繰延べがなされたにもかかわらず、更に本件負担金等元金が農業所得金額の計算上必要経費として扱われるという極めて不合理な結果を招来することになる。

また、本件償還に伴う利息の額がなく、しかも本件負担金元金等の額が単位区分毎に一〇アール当たり一万円であると仮定して、本件土地改良通達を適用した場合を考えると、土地の取得価額となるべき金額の全額が必要経費に算入される結果、農地の取得価額が零円となってしまい、個人の事業所得金額の計算にあたって土地の取得費を必要経費不算入とした実体法の規定に著しく反する結果となってしまう。

(四) 最後に、原告らは、被告は、本件賦課金元金のうち繰延資産扱いにした部分につき、その繰延資産取得費相当額を土地改良通達を適用して算定しており、右に同通達を適用しながら、国営事業の負担金に適用しないのは矛盾し、合理的根拠を欠くものであると主張しているが、本来は取得価額に算入されるべきものを、例外的にその一部を繰延資産扱いとしたため、繰延資産相当額を算出する必要が生じ、その算出のため同通達の二を利用したにすぎないものであるから、土地改良通達の適用がないとすることとは何ら矛盾するものではない。

三  以上のとおり、被告が、本件負担金元金は農地の取得価額に算入されるべきもので、必要経費にはならない、本件負担金等については、土地改良通達の適用はないと判断して、原告らの所得を認定したのは正当であり、原告らの本件係争年度分の各所得は別表一<略>のとおりとなるから、本件各更正処分はいずれも適法なものと認められる。

よって、原告らの請求は理由がないから、いずれもこれを棄却する。

(裁判官 秋山賢三 加々美博久 川本清巖)

別表一~三 <略>

別表四

1 原告 菅原芳昭関係

項目

番号

昭和五七年分(円)

昭和五八年分(円)

農業所得金額

〈1〉

三三八万六四七二

四四九万六八七五

加算

償還金

〈2〉

二七七万〇五七九

二七三万〇五七九

計(〈2〉)

〈3〉

二七七万〇五七九

二七三万〇五七九

減算

国営、事業団事業の年賦償還の利息

〈4〉

二〇七万三六三二

二〇一万一四四八

繰延資産の償却費の額

〈5〉

三二万五一〇三

三二万五一〇三

計(〈4〉+〈5〉)

〈6〉

二三九万八七三五

二三三万六五五一

差引増加額(〈3〉-〈6〉)

〈7〉

三七万一八四四

三九万四〇二八

更正処分の農業所得金額(〈1〉+〈7〉)

〈8〉

三七五万八三一六

四八九万〇九〇三

2 原告 鈴木教示関係

項目

番号

昭和五七年分(円)

昭和五八年分(円)

農業所得金額

〈1〉

三三三万〇九五七

三二六万七四六二

加算

減価償却費

〈2〉

二七三万五〇六四

二七三万五〇六四

計(〈2〉)

〈3〉

二七三万五〇六四

二七三万五〇六四

減算

国営、事業団事業の年賦償還の利息

〈4〉

二一〇万四二八八

二〇四万一九八二

繰延資産の償却費の額

〈5〉

三二万六八八五

三二万六八八五

計(〈4〉+〈5〉)

〈6〉

二四三万一一七三

二三六万八八六七

差引増加額(〈3〉-〈6〉)

〈7〉

三〇万三八九一

三六万六一九七

更正処分の農業所得金額(〈1〉+〈7〉)

〈8〉

三六三万四八四八

三六三万三六五九

3 原告 田村武関係

項目

番号

昭和五七年分(円)

昭和五八年分(円)

農業所得金額

〈1〉

一四四万五七〇九

三二八万〇六七六

加算

減価償却費

〈2〉

二七二万二七六四

二七三万九〇八八

計(〈2〉)

〈3〉

二七二万二七六四

二七三万九〇八八

減算

国営、事業団事業の年賦償還の利息

〈4〉

二〇九万六九六四

二〇三万四七六五

繰延資産の償却費の額

〈5〉

三二万六一六五

三二万六一六五

計(〈4〉+〈5〉)

〈6〉

二四二万三一二九

二三六万〇九三〇

差引増加額(〈3〉-〈6〉)

〈7〉

二九万九六三五

三七万八一五八

更正処分の農業所得金額(〈1〉+〈7〉)

〈8〉

一七四万五三四四

三六五万八八三四

4 原告 亡郷津恒夫関係

項目

番号

昭和五八年分(円)

農業所得金額

〈1〉

四三六万三一四二

加算

減価償却費

〈2〉

二七七万二六八〇

利子割引料

〈3〉

二〇七万五六八三

計(〈2〉+〈3〉)

〈4〉

四八四万八三六三

減算

国営、事業団事業の年賦償還の利息

〈5〉

二一四万六九六三

繰延資産の償却費の額

〈6〉

三二万九八四一

農具費

争いのない部分

〈7〉

五万〇〇〇〇

諸材料費

〈8〉

四万〇〇〇〇

修繕費

〈9〉

九二万七〇〇〇

計(〈5〉ないし〈9〉)

〈10〉

三四九万三八〇四

差引増加額(〈4〉-〈10〉)

〈11〉

一三五万四五五九

更正処分の農業所得金額(〈1〉+〈11〉)

〈12〉

五七一万七七〇一

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